農人橋の由来 ~ 地名の由来を調べています
大阪市中央区に農人橋(のうにんばし)という地名がある。土佐堀川から分岐して道頓堀川に注ぐ東横掘川(ひがしよこぼりがわ)という全長約3キロメートルの小さな運河に掛かる橋とその周辺を指す。
農人橋の地名の由来は、その字の通り農民たちがこの橋を往来していたことに由来する。
幕末に暁鐘成という浪人が作成した『摂津名所図会大成』によれば、江戸時代この地は農村地帯で、耕作のため農民が東横掘川に農人橋を掛けて往来したとある。
農人橋通りから谷町へ通じる坂に禅僧にして戦国大名の安国寺恵瓊(あんこくじえけい)の屋敷があったため、安国坂あるいは恵瓊坂とも呼ばれている。
江戸時代は幕府が管理した公儀橋だった農人橋は、その後何度か架け替え工事を受けた。現在の農人橋は中央大通の建設にともなって架け換えられたもので、阪神高速道路(東大阪線)を挟んで二つの橋から成っている。
EMSダイエットしながらこのきじを書いてみました。振動に揺られながらキーボードをうつのは大変ですのでおすすめできません。