讃良の由来 ~ 地名の由来を調べています
大阪府北東部に讃良(さらら)という地名がある。大阪平野北東部および生駒山地北部一帯の地名で、現在の四条畷市・大東市・寝屋川市にまたがる。
地名の由来は諸説ある。
まず、「サアラ」が転じて「サララ」となったとする説がある。「サ」は接頭語で「アラ」は新しく開墾した地を指すという。
また、「サラ」は崖や崖崩れを意味する言葉でそれが転じて自然堤防を意味するようになった言葉で、「ラ」は接尾語とする説もある。
その他いくつかの説があるが、いずれも決定的なものではない。
第41代天皇である持統天皇は、御名を鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)という。古代日本では皇族・貴族の名前は幼少時の居住地あるいは乳母の氏族名から名づけられることが多かった。持統天皇は天智天皇の皇女だが、幼少時にこの地に居住していたか、あるいはこの地出身の乳母によって育てられたと推測される。