善子内親王 ~ 地名の由来を調べています
善子内親王(よしこないしんのう、1076年~1131年)は平安時代後期の伊勢斎宮。白河天皇の第2皇女で、母は藤原能長の娘である承香殿女御・藤原道子。堀河天皇の異母姉。
応徳4年(1086年)、弟の堀河天皇の即位に伴い伊勢斎宮に卜定され、21年間斎宮を務めた。この時、母の藤原道子も伊勢に同行している。
しかし善子内親王は元来病弱だったらしく、斎宮在任中にたびたび体調を崩していたらしい。
嘉承2年(1107年)、堀河天皇崩御によって31歳で退下。その後、六角東洞院邸に住んだため六角斎宮と呼ばれた。母道子とともにひっそりと穏やかに余生を過ごしたらしい。
長承元年(1132年)8月30日に母藤原道子が91歳で他界したが、その年の12月1日に善子内親王も薨去した。享年56歳だった。
なお、藤原道子は瀬戸内晴美(寂聴)著の小説『祇園女御』に準主役級として登場する。