釜ヶ崎の由来 ~ 地名の由来を調べています
大阪市西成区に釜ヶ崎(かまがさき)という地名がある。大阪の有名な寄せ場(日雇労働者の滞在所)である「あいりん地区」を含み、時には同義語として用いられることも多い。
釜ヶ崎の地名の由来は諸説ある。
昔この地は摂津国西成郡今宮村にあったが、この地に面した名呉の浜(「那呉の浜」とも書く)という入江に船の発着場があったのだが、この地に藻塩(海藻類に海水を注ぎかけて塩分を含ませ、それを焼いて水に溶かし、その上澄み液を煮詰めて作る塩)を焼く塩焼き釜があったことに由来するとも、入江の形が鎌(かま)の形をしていたことに由来するとも言われている。
一説に日雇労働者への配給食料を調理するために釜で炊き出しをすることから釜が崎と呼ばれたとする説もあるが、これは俗説である。
大正時代に今宮村が大阪市に編入されたことで釜ヶ崎の地名そのものは地図上から消滅したが、現在でも西成区萩之茶屋一丁目・萩之茶屋二丁目のそれぞれ一部分が俗に「釜ヶ崎」と呼ばれている。